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■米寿までバレエ一筋《谷 桃子氏》

 
 ・先日、日本経済新聞《2009/06/09)の文化欄にこんな記事をみつけました。


■過酷な全国巡業時代

  それは、まだ日本にまだ立派なホールなどがない1950年代。

  バレエを踊るため全国を回っていたという《谷桃子さん》の記事です。

  移動は列車の2等車。時にはダンサーが床に新聞紙を敷いて寝ながらの、全国巡業。

  寒風が吹き込む会場で、舞台袖には火鉢を置いて寒さをしのいだといいます。

  また、男性がジャンプして着地したとたん舞台の床が抜けたというエピソードもあったとか。

  決して恵まれていない環境のなかで、バレエの道を切り開くため、全国を回る谷さんの情熱が
 
  伝わってきます。

■バレエに目覚めたきっかけ

   そんな谷さんがバレエに触れた最初のきっかけは、神戸で見たアンナ・パヴロアの

  《瀕死の白鳥》だったとか。幼い谷さんは、音楽が鳴ると近くにある布を頭に載せて、

  踊り続けていたそうです。そして、お母様のすすめで43年に日劇ダンシングチームに入団。

  しかし、その後第2次世界大戦の戦況が悪化し、中国の慰問の際には、船に乗った直後、

  町が爆撃でまっ赤に燃え上がるという、紙一重の差で命拾いをした体験もしたそう。


■暗中模索の中で

   日本のバレエが本格的になったのは、終戦の翌年。日本初《白鳥の湖》全幕公演が

  上海で踊っていた小牧正英氏を中心に挙行されたそうです。これを目にした谷さんは、25歳

  で小牧氏の門下に。

   バレエ音楽の楽譜を手に入れるにも苦労し、男性の稽古着はももひきのようなもので

  行われていたといいます。またバレエシューズも当時は頑丈で、慣れるまでに1ヶ月も要したそう。

  破れたシューズは何度もつぎはぎして踊っていたそうです。


   49年《谷桃子バレエ団》を結成。独立した谷さんは、海外からのバレエ団来日の際には

  裏方を皆で手伝い、舞台衣装・装置などを勉強したといいます。

  現在のように、海外の情報が容易に手に入らない、暗中模索の世代だった語る谷さん。

  皆で協力しバレエへの情熱を糧に、少しづつ情報を集めてより合わせ、道を切り開いてきたのです。

■人1倍の努力と、前向きな心

   また谷さんは、同世代のダンサーに比べ小柄でしたが、運動量を増やし、少しでも大きく踊りを

  見せるよう研究を怠らなかったそう。時には舞台数の多さに疲労で本番前に気絶したという

  ハードなエピソードも。バレエに対するポジティブで、人一倍努力した

  谷さんの強さに勇気づけられます。


■今もなお、進化し続けるバレエへの情熱

  2009年から2010年にかけ、谷桃子バレエ団は60周年を迎えるそう。その記念として

  数々の古典バレエ・現代バレエを上演していくとのこと。

  谷さんは今後も後輩の指導を続けるなど、今もなお日本のバレエ界を切り開く情熱に

  あふれた活動をされています。

  
  ネットで検索すると、《谷桃子バレエ団》の公式Hから最新情報がチェックできますよ!

  日本のバレエを、切り開いた谷桃子さんの記事にサヨリスタッフも感動しました。


■内容は日本経済新聞《2009/06/09)の文化欄より抜粋させていただきました